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Vol.26 ひなたのことば。
 
 「おとどしゅうございます」(ごぶさたしております)「よございますろう」(よろしいでしょう)「行きましつろう」(行きましたでしょう)といった、ていねいでやわらかな土佐ことばを耳にする機会は、ほとんどなくなりました。
 
 高知のことばといえば、勢いがよくて、はっきりくっきりと発音するイメージがありますが、こうした昔ながらの土佐ことばは、どちらかというと、おっとりとゆるやかにしゃべります。遅くても昭和の初めまでに生まれた人たちが使っていました。「ありがとう」を上方ふ うに「おおきに」という世代です。
 
 南国の明るい陽ざしにあてて、ちょっと帯をゆるめたようなことば。ふだんは耳の奥にしまわれていて、ふとしたひょうしによみがえってくる、ていねいな日常会話。音とともに思いだされるのは、声の主であった、やさしい心根のおばあさんたち。私の見知ったときには、おだやかな笑顔のおばあさんで、自分を「あてぇ」といい、人には「おまさん」と呼びかけていた人たち。
 
 いまでもたまに耳へ入ってくるのは、人生の先輩を誰かれなく呼ぶ、「にいやん」「ねえやん」ということば。相手が何歳でも敬意が通じる、すばらしい呼びかただと思わされます。
 
 もう一度聞くことはあるでしょうか。耳が覚えているのだから、私にもしゃべれるはずなのですが。川が流れるように自然なイントネーションの、ひなたのにおいがすることばを。
 
2012-05-19  配信
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