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Vol.7 難破船のいた夏
 
 かれこれ5年前、夏の終わりに高知の海岸へ台風が残していったものは、17,000トン近い大型の貨物船でした。船は座礁した場所にほど近い長浜海岸へ横着けされ、しばらくの間、そこに停泊していたのです。松並木と灰色の砂浜、そしてテトラポッドがあるばかりの静かな海岸に。
 
 台風の多い年でした。9月の何週間か、あるいは一ヶ月以上だったのか、はっきり記憶していませんが、春野から桂浜へとつづくまっすぐな道路と並ぶように、難破船の大きな姿が見えていたのでした。
 
 そして休みの日ともなれば、どこからともなく集まってきた人々が、道路の柵にもたれて太平洋と難破船を眺めていました。まるで大きな海の生きものが養生しているようでもあったし、異世界から訪れた乗り物のようでもありました。日が暮れてから車で通りがかると、暗い海の側に船体のぼやけた輪郭を見つけては、まだいるのだと安心したりするのでした。
 
 やがて動けるようになった難破船は、海岸の風景の一部であることをやめて旅立ちました。船の姿はもう記憶のなかでもおぼろげですが、ふと思うのです。400年前、長宗我部元親の時代、嵐に難破してこの近くに身を寄せていたスペイン船、サン・フェリペ号のことを。
 
2009-09-04 配信
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